
その作品は、フアン・サンチェス・コターンの『マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物』(1602年頃 油彩/カンヴァス サンディエゴ美術館蔵)。国立西洋美術館で3月11日から6月8日まで開催される『サンディエゴ美術館VS国立西洋美術館 西洋絵画、どこからみるか?』に出品されるという。
スペイン写実主義のパイオニアにして、ボデゴン(厨房画)を確立した画家であるフアン・サンチェス・コターンが描いたこの作品は、テネブリズム(強いコントラストで描く表現技法)を特徴とする、スペインのバロック絵画の静物画の最高傑作と言われている。さらにサンディエゴ美術館の顔ともいえる重要作となれば、本展はまさに千載一遇のチャンスだ。
その絵は同時代のオランダやフランドルの静物画とはかなり趣を異にするもので、私の持っていた静物画集の中でひときわ異彩を放っていた。背景の矩形の空間は何だろうか?壁面の窪み?それとも食糧貯蔵庫?ジビエのように野菜果物を紐で吊るすのは何故だろうか?などと自問自答しながら、私は20年余り前にこの絵に倣い、針穴写真でモノクロームの静物を制作することにした。だから絵画の実物を今回間近に見れば、何か新しい発見があるだろうか…と期待が膨らむ。
パリ市庁舎の脇に立つマルシェでミニチュアサイズの野菜果物を調達したが、メロンとキュウリ以外の素材を同時に揃えるのは難しく、マルメロはリンゴ、キャベツはチリメンキャベツに代役を務めてもらうことにした。リンゴには紙で葉を拵え、変則的なメロンのカットを忠実に実行し、強い光を近くで当てると萎れてしまうキャベツに配慮して照明には腐心した。
だが一番苦労したのは、意外にも大判カメラ(エイトバイテン)を使った針穴写真の長い露出時間ではなく、誤って触れようものなら、撮影時間とほぼ同じ長さの30分近く費やして回り続ける、紐に吊るされたリンゴやキャベツだった!絵筆片手にフアン・サンチェス・コターンも同じように手を焼いたのだろうか?と想像してみる。
そんな時間を経てようやくものにした私の静物は、スペインの画家のカラフルでコントラストの強い作品からは程遠く、どちらかというとオランダ・フランドルの静物画に近い、針穴写真特有の柔らかな描写のモノクローム写真となった。そして撮影の後は、側らの台所でねぎらいを込めて野菜や果物を調理し、自分の口に収めた。私流のボデゴン!

この針穴写真のオリジナルプリントは、国立西洋美術館の展覧会とほぼ同時期に御茶ノ水のgallry bauhausで開催される写真展『LIFE 写真のある生活Ⅳ』でご覧いただけます。
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